ひそひそ荘の住人としての生活は続いているが(1ヶ月くらい何も書いていなかったが)、現実世界で引っ越しをした。初めて実家を出た18歳の時から数えて8回目の引っ越し。8回目という数字に自分でぎょっとする。およそ15年の間に8回である。このうち半分以上は夫の仕事の都合であり、100%自分の意思で行き先を決めたのは最初の大学進学のための引っ越しと、今回の引っ越しだけである。
ネットでささっと調べたところ、人生における引っ越し回数の平均は3回くらいらしい。それを参考にするとわたしはかなり引っ越しをしている側の人間ということになる。だが今回の引っ越しに際して気がついた。わたしは引っ越しの荷造りが全然好きじゃないし苦手だということに。
わたしは自分のことを「整理整頓がそれなりにできる」「やるべきことは計画的にできる」と評価していた。だが引っ越しの手伝いに来てくれた母の圧倒的な片付け能力の高さの前にあぐらをかき、早々に引っ越し準備から離脱し、「自分は引っ越しの荷造りが苦手で、できることならやりたくなかったんだ」と悟った。これまでは日頃から片付けのできない夫がやらないから、かろうじてできていただけのようだ。役所の手続きとか自分の身の回りのものの片づけとかだけをして、あとはわたしが日中仕事に行っている間に母が地道に整理を進めてくれた。自分だけでもなんとかなるだろうと思っていたが、おそらく危うかっただろう。
わたしが引っ越しの準備が好きじゃないのは、家にあるものを段ボールに詰めて新居でその段ボールをまた開ける作業に何のときめきも感じないからだ。見知ったものを運ぶのは単なる作業でしかない割に、梱包は手間がかかるしものを片付ける順番やしまい方などにも脳の容量を割かなければならない。ただの作業でしかない割に考えることが多く、必要がなければやりたくないという点において、立ち位置としてはわたしにとっての料理と似ている。ときめかないからテンションが上がらずやる気が出ない。そして搬出当日までに終わらせさえすれば自分以外に迷惑がかからない。鼓舞してくれる要素が何もないのである。
夫がいなくなり、わたしは基本的に転勤がある職種ではないので、今までのようなペースで引っ越しをすることはないだろう。その事実に夫の不在を感じて寂しくなるが、どこか安堵している自分もいる。