2026/10/20

向いてなかった

こんにちは、ハザマです。

先日、新しく生まれたSNSに登録して、数日遊んでみました。正確には約3週間です。この期間に感じたことを忘れないように書き留めておきたい、そういったひそひそとなっております。よろしくお願いいたします。
(書かないとちゃんと忘れるということです)
一応言っておきますと、そのSNSが何だったかは言及しません。そのSNSについて悪く書くつもりもありませんし、私がそのSNS自体に悪い感情を抱いたりもしていません。

まず、そのSNSは匿名だったのですが、これに関してはかなり良い試みだと思いました。誰が言ったかで評価が変わったりすることへの良し悪しを考えなくて済み、一度発言を見かけても次見かけたときには、何を発言した人か(知ろうとしない限りは)わからなくなっている仕組み。
私自身はSNSを遊び場だと思っているので、情報収集の場でもなければ交流ツールとしても主としては使っていないし、SNS疲れみたいなものは全然ないのだけど、先述したような使い方を他のSNSでしている人たちが、ここは本当に居心地が良いと言っているのを頻繁に見かけました。
私みたいな暴論者はそんなんならやめちまえよとか簡単に言いますが、そうもいかないのが現代ってことなんでしょう。そういう方たちの休息の場として、良き場所が、一時的にでも存在するのはいいことなのかもしれません。
SNSを使わなくて済むのが一番というのはさておき(大暴論)

そして、そのSNSが作られた目的として、さっきも書いた匿名であることを前提に置いて、本当に気軽にコミュニケーションが取れたらいいなというものがあるようでした。
挨拶に挨拶を返し、帰ってきたとつぶやいたら通りすがりの人がおかえりとかお疲れさまとか言ってくれるような。
それは大変よいものですね〜と私は思ったので、ちょくちょくコミュニケーションを取ってみたんですが、まあ返ってこないこと。そして、しばらく見ていると、結局みんなエアリプをしだすんですよね。
私はエアリプという文化に、(エアリプの内容の種類とでも言えばいいか?まあそういうのによるけど)それについてはそういうもんだよね、と思うときと、おもんね〜〜〜と思うときがあります。このSNSにおけるエアリプは私にとって後者がほとんどでした。
せっかくなので少しだけ話すと、エアリプである意味があるものとないものが私の中ではあって、それらはないものと感じられたわけです。全然説明になってなくねーか?こんなもん終わりだ。

そういった部分が離れる原因の1つであったのは間違いありませんが、一番の理由は、私がSNSを掛け持ちすることに全く向いていないと気づいたからです。
まあなんだかんだ、SNSは4つ……?くらい長期的に使ってたものがありますが、すべてにおいて、重なっていた時期がかなり短いです。使っていたものの使い勝手が悪くなり引っ越した場合も、たまたま見つけた場所が魅力的でそちらに移動していった場合のどちらでも。
言ってしまえば、使い分けができないんです。今回話したSNSについても、私は基本Blueskyにいるため、Blueskyには書かないようなことあるいは、書きにくいけどどっかに書きたいな〜みたいものをつぶやこうと最初は思いました。
それでしばらくやってみたものの、別にないんですよ。書きたいこと。まあめちゃくちゃ深く掘っていけばないこたないです。ただそもそもそんなものわざわざSNSに書きたいか?って話で。書かんでええわな。
あと、どこかに書けないと思ってるようなことを他のところに書くというのも精神的に不健全だと思いましてね。(※注意※ そういった使い方に対して否定する意図はございません)
ていうか、許せないですね。自分が。聞かれたら困るなって程度のものをコソコソ言うくらいなら言わなくていいし、でも言いたいんだったら別に聞かれてもいい覚悟作ってから堂々と言えよ。って、自分に思いました。
そんなわけで、SNS掛け持ちは3週間をもって終了いたしました。掛け持ち向いてません。不器用なので。

Read more »

2026/10/19

簡単! 鬱病講座

文字というものは素晴らしいな、とつくづく思う。文字がなければ、私の思考はずっとつるつると滑っていって、泥沼にはまるか、明後日の方向に行くか、突然ワープするかして、ろくなゴールに辿り着けない。
しかしこうして書きつけると、何かしらを刻むように、あるいは打ち込むように(それこそタイピング?)、埋めるように、ちゃんと地に足をつけてものを考えることができる。 素晴らしい発明である。
 
私は文字を手で書くのがかなり苦手だ。ぬとねは気合いを入れないと書き間違えるし、漢字は全然思い出せない。御中さえもギリギリである。一時期は自分の住所を誤字せずに書き切ることさえできなくて、かなり苦労したが、これは多分鬱病のせいだ。

自分の日記サイトでも書いたが、私は人生の半分を抑うつ状態で過ごしてしまった。これが抑うつ的だという知識もなく、他者がそうであると気がつくこともなかった。親にもカウンセラーにも分からないんじゃあ、もうどうしようもない。子供の世界とはそういう世界である。くそったれのミソッカスだな。反吐が出る。子供時代なんて二度とやりたくないぜ。
 
それはそうとして、ひとくちに鬱と言っても割と症状にバリエーションがあって、それは概ね3つに分けられる。知識、情緒、意志のどれか、あるいは複数が障害されるのが鬱である。
知識が障害されれば住所の文字列を正確に書けなくなるし、 情緒が障害されれば憂鬱なまま塞ぎ込むし、意志が障害されれば何もしたくなくなる。後でテストに出ますよ。
よく検索結果に出てくる「興味関心が減少する」という基準は、意志の強度などの総量だと思えばいいだろうか。以前好きだったものに興味がなくなったとして、他に強く惹かれるものがあればいいが、そうでないなら治療の対象になりますよ、という話だ。
私の例で言えば、本を読むのも絵を描くのもアニメを見るのもツイートするのも好きだったのに、ギリギリ本を読んであとは延々と文章をこねくり回している状態であったので、これはまあ鬱病やね、ということだ。
 
 ということで、簡単!鬱病講座でした。また来月お会いしましょう。

Read more »

2026/09/25

不死身になったら何する?

こんにちは、ハザマです。

中二病のみなさまにおかれましては、自分が長命種になったらどう生きるかなどの妄想くらいしたことは当然あるかと思いますが、実際のところは別に全然長生きしたくないけどなとも思っておられることと存じます。長生きしたい方については失礼ぶっこきました。

それとはまた別に、不死身ってありますよね。完全なる。死なない存在。
これ、死なないというだけで、怪我はしますよね。痛みもある。そうじゃない無敵不死身パターンは私の専門外ですので、専門の先生、そちらの生徒さんたちのことはよろしくお願いします。
私の知る範囲でわかりやすいのはバッカーノなんですが読んだことない人には全く伝わらないし、これも痛みもある、怪我もするけど、治りがめちゃくちゃ早いという設定です。巻き戻しみたいな感じですね。

ここ数日の仕事が少なくてこういうことを考えてたんですけど(現役中二病)。
まあ、つまり、不死身。だけど、怪我はする。痛みもそのまま。死なないというだけ。手術とかはしなきゃいけないし、そしたらめちゃくちゃ金がかかる。だからもちろん怪我はしないほうがいい。痛いし。
……ということを踏まえた上で、死なないなら死ぬかもしれないと思ってできない、危険なことにチャレンジしてみたくないですか?
ここ飛び越えられるかなとか、こっからジャンプで降りてみたいとか、ありますよね。小学生から成長が見られない。大人の体が重すぎるだけという話をしている気がする。

私は毎日駅で死ぬほどストレスを溜めまくっているので公共のもの、特に交通機関に迷惑をかける人間を絶対に許さない気持ちで生きておりますが、電車のレールの脇って一応人が歩けるスペースがあるじゃないですか。もちろん電車走ってるときにそういうとこいちゃ絶対だめだけど。あとあれ。ホームの下。ちょっと隙間ありますよね。
そろそろお気づきかもしれませんが、あそこ。いてみたくないですか?電車が走る瞬間。そんなことしたら不死身だろうとじゃなかろうと、怪我するしない以前に何年働けば貯まるんだろうみたいな額の迷惑料を払うことになるでしょうが。

考えてみたらこれほんとに不死身って設定必要なくて「人に迷惑かけないならやってみたい」話ですね。
いやね、この設定についてかなり真剣に考えてたんで(暇すぎ)、「本当だったら死んでるレベルの怪我の手術、大変そうすぎる」「そしてそれはつまり金がかかりすぎる」「本来心臓潰れたら死ぬけど、下手に死なないから心臓をなんとか使える形に戻す手術をする……?無茶すぎる」とか思ってたんですよ。
健康第一。怪我に気をつけよう。公共の場はみんなが気持ちよく使えるよう、みんなで作り上げていこう!

Read more »

2026/09/19

どうか真剣さを笑わないでくれ

播磨屋の聖なる閉業を茶化す流れが、どうにも居心地が悪い。 

播磨屋の店主はたぶん本当に真剣なのに、なぜそれを軽んじることができるのだろう。 仕事を辞めてからどうやって生活をしていくつもりなのか、と心配するのが先ではないのか?

店主の主張が荒唐無稽に感じられるからか。病的だと思うのなら、何もできない外野はせめてそっとしておいて、身内なら受診を促せばいい。

なんの覚悟もなく廃業を決めたとでも思っているのだろうか。生きるか死ぬかという極限の精神状態での決断かもしれないのに。それをなぜ笑える。

極端なことを突然決めてしまう状況というのは、往々にして精神が追い詰められて切羽詰まっているときだ。だから私は本気で店主のことを心配している。

自分だけは正気だと思っているのか? 自分はあの店主のようにはならないと思いたいのか? そうであるならば、その思考こそが危ういと言っておきたい。言語を使う存在は、狂う可能性を必ず抱えているぞ。明日は我が身。

いつかおれが聖なる廃業を宣言したら、ちょっとだけ心配してくれよな。 

Read more »

2026/08/30

十代はもう夢の話に似ている

ぼんやりした子供だった。バレエとピアノと絵画を習っていたけれど絵画以外は母が決めたと思う。塾にも通った。それは父が選んだのかも知れない。他の習い事と違って先生の説明は空っぽの頭にするすると詰め込まれて御三家の滑り止めと呼ばれている高校に入学した。でもその時点で心は壊れ掛けていたのだろう。インプットもアウトプットもできなくなって日東駒専と呼ばれる大学に進んで辞めた。今から思えば場面緘黙症や離人症や過敏性腸症候群に悩まされていた。私自身さえ性格の問題と捉えていたけれど。


十代の夢ばかり見る。その中でも辛い夜に登場してくれる子が居る。端的に云えば優しい印象の子だ。例えば従弟だとか。勝手な想像だけれど母親に丁寧に育てられていそうな子に憧れている。でも私は私で傷付きながら生きてきたという誇りが有る。傷付けながらの方が正しいだろうか。何にせよASDという病名で片付けたいと思う。単に家庭環境が悪かったから今も苦しんでいるでは余りでないか。統合失調症の診断も受けているけれど中途半端なODをした時に幻聴が有ったくらいだ。寧ろシゾイドやスキゾイドと呼ばれているパーソナリティー障害に共感する。でもとも思う。


インターネットが好きだ。特にウィキペディアが好きだ。当時の苦痛が何だったのか淡々と説明されている。決して私だけの話でないと分かる。私より若い私に似た子に手を差し出したくなる。当然に一人の人を助けられるだけの現実的な力は無いのだけれど。知識や経済力が欲しいと思う三十代後半の晩夏だ。

Read more »

2026/08/21

脳内整頓術

こんにちは、ハザマです。

みなさんは脳内をどうやって整頓していますか?まあ逃げないでください。最初から脳内整頓術を教えてもらえると期待していた方にはごめんなさい。各々の脳内整頓術を解明していきたい、まずは私から、の回です。もうそろそろ私のこういうムーブにも慣れてきたんじゃないですか。知らん?あそう。じゃ早速やっていきま〜す(こういうとこです)

前提として私は脳内を部屋みたいなもんだと思ってるので、言ってしまえば部屋の整頓のしかたとほとんど同じです。
私の部屋はといいますと、自分が通行するエリアにはものを放置せずスペースを広めに取る。収納という点は、もう完全に開き直ってグチャグチャです。なんというか、自分の中では整理はされているグチャグチャというかね。2,3割くらいはこういうタイプの人もいるんじゃないかと勝手に思ってるんですけど……。
なんか、どうせ誰も見ないとこだから自分がわかれば(そんであまりにも汚すぎなければ)いいんですよね。整理整頓をキレイにする人からしたら「ギャー!」なんだろうけど、あれはどこにあるの?と聞かれたらすぐ取り出せる。そういう感じ。
で、やる気が出たときガーッと掃除する人いるじゃないですか。それもないです。なんにも不満ないから。あーそのうちちゃんとやんなきゃなーという気持ちがない。ただあんまりグチャグチャが行きすぎると自分の中の秩序を保つ程度には整えますけれども。自分の中の秩序、さすがに説明できなすぎる。
不要なものはあんまり取っておかないな。捨てられない人間ではない。けっこうあっさり捨てる。だから整理整頓そんなにできない人間といえども部屋がそこまで汚くならずに済んでるのかもしれない(多少汚くはある)。未練がない。

脳内に戻ります。言い方怖。こないだ仕事で、職場のおねえさんと私が4月からちょっと新しい業務の仲間に入って新しいことをどんどん教えてもらってることで、おねえさんが「いや〜も〜なんも入んないよ〜〜」とちょくちょく言ってて、人を励ますのが苦手な私はとにかく「大丈夫っすよ!大丈夫大丈夫!!」となんのプラスにもならなそうな声かけをしてるんですけど。
おねえさんは「もう引き出しがパンパンで何も入らない、ハザマさんは覚えててすごい」と言ってて。これはかなりわかりやすいですよね。これを受けて咄嗟に私が言ったのは「私もまだ片づけまではできてなくて、引き出しの前に(教えてもらったことが)出しっぱなしなだけ、まだしまってないからすぐ出せるだけ」で、それを聞いたおねえさんが「でもすぐどこに置いたかわかるんでしょ〜?」と。
人と話すことで自分の考えがまとまったり、考えるわけでもなく自然と口から出て「あっ私ってこう思ってたんだ!」と気づくこととかあるじゃないですか。ありますよね〜。このときもまさにそうで。
同じだなーと思ったわけです、私の収納と。さっきより詳しく言うと、クローゼットの中の、引き出しにしまわず出しっぱなしの服が大量にあるんです。でも管理はできてる。
(おねえさんは素敵な人なので補足しておきたいんですが、整理整頓が得意な人で、自分のための整理整頓を完了させたあとはほとんどミスをしない人です)

大昔、SNSの手前くらいの、チャット?みたいな(もううろ覚え)もので「なんでそんな覚えてんの?」と聞かれて「脳内を検索するんだよ」と返したら「悔しいけど言ってる意味はわかるわᴡ」みたいなことを言われてちょっと嬉しかったりもしましたね。
まあそれは見える範囲の話で、別に私の記憶力がすごくいいわけではまったくありません。
未練がないから恐ろしいほど覚えてないこともあるし、あと「捨てはしないけど使うこともないから奥底にしまっとこう」は部屋でも脳内でもやっぱり一緒で、あることは間違いないけどどこにあるかは全然わからない、ということもある。
私の整頓術での利点と欠点は大体以上でしょうか。気が向いたらみなさんの脳内術、その利点と欠点を考えたり私に教えたりしてみてくださいね!

Read more »

2026/08/17

エンジョイ! 二次創作

2年経ったら二次創作へのテンションも変わるもので、2026年の現在地を記録しておくのも面白いかもしれない。ということで、再び二次創作を題材として取り上げてみることにする。

2年前まではわりとパッション!どっせーい!書けたァ!という勢いしかない感じだったのだが、ぱったりと本文を書く元気がなくなってしまった。しょうがないからネタ出しを延々としていたのだが、そしたらだんだんネタ出しって……楽しい!というテンションになり、ひたすら地盤工事をするひとになってしまった。

幸い締切が発生したことによって無限ネタ出し地獄からは脱した。結果として、プロットを考えると「まとまり」が出る!という気付きがあった。計画ってすごい!

締切が存在しないと書き上げられない存在が今まで謎だったのだが、なるほど妥協のためのボーダーラインなのだな、と思った。

一次創作だと必要なものを適切に配置して~とやりたくなるのだが、二次創作は萌えることが一番なので、読者へのサービスとしての楽しいシーンもわりとすんなり書ける。あと、原作の文体を若干意識することによって文体の舵がブレずに済むのもありがたい。

そう、最近はようやく文体なるものが何なのかが体感できるようになってきたのだ! このバロメータが見えると、書くという行為がますます楽しくなる。

あと二次創作は構造萌えをそれとなく伝えるツールとしてもかなり良い。ただの分析ってあんまりウケないので。おれの解釈を喰らえ!とする手段として、二次創作は便利。

二次創作は既にキャラクターが存在しているので、自分の分身になりすぎないのも良い点ですね。

Read more »

2026/07/14

近況2026

ひそひそ荘で書き散らしたものを振り返ると、一年に一度は近況と題した記事があるので、今年もそろそろやっておきます。近況ノルマだ。

まずは、元気になってきた。元気なあまり調子こいて労働に手を染めた結果ぶっ倒れたりしたが、それでもまあ当社比で元気ではある。接客は向いていないということがよぉく分かったので、バイトは清掃を粛々とやろうと思う。

ブルスカもFFがだいぶ増えてきてTLが賑やかになってきたし、お話相手も出来て、とても嬉しい。ていうかFFって死語じゃないか?相互です、相互。

去年の12月から、しずインで日記をつけるようになり、日記と記事の境界線が引かれて分かりやすくなった。ここ最近は日記も文字数が多くなってきた気がする。いろいろと考えて書きつける余力が出てきたらしい。

創作はあまり捗っていない。プロットを練るのが楽しすぎて本文が書けない罠にまんまとかかっている。しかし作品Aの二次創作ではラフなネタはだいたいやってしまった。作品Bの二次創作デビューの時が来たのかもしれない。ネタは1年前からあるので、あとは書くだけなんだよなあ。その「だけ」がどれほど、という話なのだが。

お絵描きもやりたい、というか、私は漫画をやるべきでしょう。自創作キャラのあんな表情やこんな表情を描くなら漫画のほうが向いている、おそらく。

インプットはかなりできるようになってきた。集中力は30分が限界だが、それでも無いよりはマシ。最近はマンガUPで黄泉のツガイをほぼ毎日読んでいる。

こんなところか? 来年の私はどこに立っているだろうか。楽しみだ。


Read more »

2026/07/12

私の担当カラー

こんにちは、ハザマです。

みなさんご自身の担当カラーってなんですか?
私は緑なんですけど……(当然あるみたいに話を進めておりますけれども)

まあ遡って紐解いていきましょう。
わたくし3人きょうだいの末っ子なんですけれども、上から青、赤が割り振られてたわけですよ。それで次に来たのがたまたま緑だったって、それだけの話なんでしょう。紐解きRTA、完!
失礼。もうちょっと掘り下げましょう。
一番わかりやすいのは歯ブラシですかねー。替えの歯ブラシをストックしておいてくれるわけですよ、母が。多分メーカーとかはこだわりないので急に全然違うデザインのものが入ってるときも多々あったんですけど、基本青と赤と緑が入ってました。そう考えると母は歯ブラシを買うとき青と赤と緑をせっせと選んで買ってくれてたんですよね。愛おしいね。

あとはお箸かな。
それなりに小さいときはキッズ箸だったと思うんですよ。短くて軽いやつね。あ!?白地にうさぎがプリントされててそれがめちゃくちゃ剥げてる絵が今……脳裏に……
で、ある程度体ができてきたら(?)何本かセットのやつを買ってきてくれたのかな?多分。母って別に「買ってきたよー」とか言わないで生活用品をいつの間にかアプデしてくれてて、本当にありがたい存在ですね。
これがまた青と赤と緑が割り振られました。その3色がちゃんと入ってるやつを選んできたのか、何色か入ってるやつを買ったらたまたま入ってたのかはわからず。今度そういうの意識してたか聞いてみようかな。(イマジナリー母「なんも覚えてない」)
ただ、今はなんか黄色になってます。家を出てしばらく経つうちにまたボロくなった箸の代替わりがあり、これでいい?と黄色があてがわれて、別に私自身はこだわりないよーと思ったものです。
なんなら、今はその家に属してないのだから客人用のお箸とかでもいいのにね。家族のお箸は家族のお箸として用意してくれる母に感謝!母に感謝の日記になってねーか?
食器を個人のものとして使うのって属人器という文化で世界的にはけっこう珍しいらしいですよ。それ知ったときえ〜〜〜そうなんだ!?いやなんか……考えてみたらそうかもね!?!?と思ったねー。
ちなみに味噌汁用のお椀は3人同じものだったので区別されてなかった。お茶碗はイラストで区別されてました。だから確か自分で選んだんだな。あー楽しいねー。食器選びってねー。

それで、まあ申し上げました通り担当カラーという概念は家の中の話なので、別に外でわざわざこんな話しないじゃないですか。うちの中では私のものって緑なんだよねーとか言われたらつまんなすぎて逆に曖昧な笑み浮かべちゃうよ。
しかし!友人たちとの話で、担当カラーの話題が出たとき(※オタク特有の文化のため、理解しようとしなくて大丈夫です)、なぜか私に緑が割り振られたのである!!
もちろん家族内で割り振られた緑と友人内で割り振られた緑の意味合いは違うと思うんですけど、結果的に色は見事に合致。
割り振られた側の私がその理由を説明することは一生できませんが、家の中で緑を割り振られて生活してきた私が、家の外の人間に感じられるような緑の要素がいつの間にかできていたということなのでしょうか。不思議なことですね。そういうこともあり、私はけっこう緑を気に入ってるんですよ。

全然青を割り振られたときもあります。それはそう。

Read more »

2026/07/05

翻って滅びる

色々な検定の二級を集めたいという記事を過去に書いた。半年前かもっと前か。ASDの特性の一つで時間感覚が定かでない。でも私は英語検定二級の面接から逃げてSEO検定三級を受けたりしている。人と話すことが怖いのだ。筆記試験だけのTOEICやHSKを受けようかと思うものの英語検定や中国語検定という字面は可愛い。とても可愛い。因みにSEO検定も二級を受ける予定だ。一級より可愛いでないか。


在宅での就労継続支援は新しい事業所に移って続けている。相貌失認でも在宅という形でならば労働できるかも知れない。就職は難しいかも知れないけれど。相貌失認もまたASDの人に良く見られるらしい。級友の顔どころか父母の顔も分かるか自信が無い。主治医は眼鏡を掛けていたかしら。自分の顔が分からない人も居るらしい。なるほどと思う。私は声や話し方で判断しているかも知れない。


二十代後半に過食を始めてから十年が経った。体重は落ちない。大学生の頃の軽やかな体が懐かしい。夜の総武線に沿って歩くと秋葉原の光に何時も少しの感動を覚えたものだ。流行に逆らうわけでないけれど太っていて体毛も剃っていない。化粧も気が向いたらアイシャドーやリップグロスを塗るくらいだ。私のために。私の家は私の代で滅びるだろう。それもまた良い。

Read more »

2026/06/29

ドーナツの話をしよう(なんで?)

こんにちは、ハザマです。
じゃ早速ドーナツの話をしていきましょう。

私は何も昔からドーナツが大好きだったわけではありません。こどものころってミスドへの親しみがあるかどうかがイコールドーナツ好きかどうかみたいなとこあると思うんですが、そういう意味ではうちは全くミスドを買ってこられない家だったので親しみもありませんでした。
高校生になって友だちと帰りにミスド寄る、とかが始まってようやくミスドへの馴染みも生まれてきました。駅前のミスド、サティのマック、ヨーカドーのポッポ……美しい思い出……(そうか?)
今全部ないです。悲しっ。駅前のミスドなんか卒業して間もなくくらいか高校生のうちだかくらいに潰れてたしな。駅前のミスド潰れるってどんだけ過疎ってんだよと散々文句言ったな。

ただあれですよ。ミスドより先にヤマザキパンのケーキドーナツね。これバカみたいに食ってたね。怖いね〜。そりゃこんだけ太るわけだよね。
あれ4つ入ってるの全然4ついけましたからね。胃強(いつよ)。君たちとはまずつくりが違うんですよ。はい、みなさまにおかれましてはそのことでいかにも自分が上みたいな態度を取られてましても、ブクブク太ってるあなたが下の立場ではございませんでしょうか、とお思いのことでしょう。おっしゃる通りでございますね。わたくし人のことを笑わない理性を持ちながら食べることへの理性が欠如した人間でございます。

そんなこんなでそこそこ大人になったくらいから「私ってけっこうドーナツ好きだな?」という自覚が芽生え始めたわけです。これね〜似た感覚の人がいるのか知らんけども、甘党じゃないので、とにかく甘いものとかデザートが大好きなわけじゃないんですよ。それよりは断然ごはんが好きなんです。
ただ、甘いものの中でも優しい甘さのものはだいぶ好きで、わかりやすいところだとホットケーキ、ドーナツ、カステラあたりになるんですね。そうね。生地ですね。糖質大好き!
揚げ物も好きだからドーナツなんて好きになって然るべきということでしょうか。でしょうかと言われましてもね。

都内のなんか知らんがチョト有名なドーナツ店のドーナツとか食べてみたいけど並んでまで食べたくない。あれよ、ミスドくらいの列ならいいよ。そういうとこってそんなんじゃないからさ。狭いっつーのにさ(都内の8割は“狭い”です。これは本当です)。まあミスドくらいメジャーになって店舗数があればそりゃ行列もミスドくらいで済むって話なんだけどさ。
でもなんかみんな好きなんだよね話題のものって。並んででも手に入れたいんだよね。私はね……無理だね……並んでる間にかく汗で雨が降って虹が出ちゃうしね……。

あ、クリスピークリームドーナツもいいですよね。ミスドにはさすがに及ばないけどそれなりに店舗があって買いやすい。ただここのドーナツがあ〜〜〜んまい。それがいいというのももちろんある。でもやっぱ、身近な、すぐ食べたくなるのってミスドだなと思っちゃいます。

ジャックインザドーナツは知ってますか?ここのドーナツはいいですよ。ミスドとはまた違うんだけど、食べやすい。見た目がたまにイカれてるけど味が普通においしいのが嬉しいんだよねー。ただ惜しむらくは店舗が少ないことですね。見かけたらぜひ食べてみてほしいです。ギャラクシードーナツを。

最近出てきたランディーズドーナツはね〜、なんか期待してたほどじゃなかったんですよね。見た目のインパクトに味が全然負けてる。あの見た目ならもっとガツンと来てほしいのよ。食べてみたら「え?おまえってこんなもんなの?」って味。そんな感じなのにカロリーだけ爆発してるんだからおれの食事の回数がもったいないよね。まあまだ3つくらいしか食べてないから、もしかしたらまだまだポテンシャルを秘めたメニューがあって私が相まみえてないだけなのかもしれない。3戦くらいまでは受けて立ちましょう。

スタバはドーナツ屋さんじゃないけどドーナツがうまいんですよ。生地がけっこうもっちりしてるんですね。ケーキまではいらんな〜くらいの人におすすめですね。
あとこないだ出会ったオリジンドーナツ!あれはいい。すごく素朴。素ラーメンならぬ素ドーナツという感じ。あれもぜひ一度味わってみてほしいね〜。
みなさんのおすすめドーナツ情報(※手軽に買えるものに限る。手軽に買えてこそ嬉しいドーナツだとわたくしは思っております)お待ちしております。

Read more »

2026/06/13

ままならない

そういえば一昨日は久しぶりにひとりで行動したのだが、昼をサンドイッチひとつにしたらさすがにちょっと量が足りなくて3時頃にはもう腹が減っていた。そして、そういえば一人暮らししているときって起きてる時間の半分くらいは空腹感を抱えながら生活していたなあと思い出した。しかし元の体重が健康体重以上あったので、とくに問題はなかったのである。

で、今デブった原因の薬剤を中止したにもかかわらず全然体重が減らないのってもしかして親に食わされすぎてるのでは?!と気がつき、ちょっとメシ減らしてくれや、と注文した。

いや、ありがたいんですけどね。本当に。愛は感じる。でも今欲しいのはそれじゃないんだよな、ということを伝えられる良い家庭です。

私は共産主義とも社民主義とも決心がついていないふんわりリベラル左翼なのだが、とりあえず現代資本主義への反感と保守派への嫌悪感はとてもある。なので、資本主義のカスエピソードと保守のカスエピソードが出てくるたびにキッショ!と口にするのだが、親は少なくとも右でも保守でもないので、許されている。ありがたい話です。

 私がノンバイナリーであることも理解しようと努めてくれていて、とくに母はプロナウンス(ジェンダーが入る代名詞)にも気を使ってくれる。

それでも孤独を感じるのだから、人生ってのはままならない。 なんなんでしょうね。私が安心して眠れる住処はどこにあるのだろう。 そのような住処はもう失われてしまっていて、この世のどこにもないのではないか。そんなことを思うである。

どうしても凍えて死にそうになったら、あなたの家に一晩だけ泊めてくれないだろうか? 

Read more »