2024/12/31

Akogare In My Head

 こんにちは。にきびと名乗っている人間です。

 普段は文章を書くことがないのだが、今回依頼されて書いてみようと思った。自分の想いをつづった長い文章を最後に書いたのはいつだろうか。中学や高校の卒業文集は適当に書いた覚えがあるので、本当にいつなのか分からない。

 おれは今まで流されてきて生きてきたなあと最近改めて思っている。学校も進路も仕事も、まわりから言われたようにしたり、なんとなく決めたりしてきた。あまり興味がなかったこともあったけれど、どうにかこうにかやってきた。

 数か月前に環境が大きく変わって、自分はこれでいいのだろうかと見つめなおすことが増えた。いまやっていることは、おれにはあまり向いていないように思う。興味が湧いてこないのでやる気もあまりない。外圧によって動いているだけだ。悩む事も増えてきて、流されてきたつけが回ってきたと思う。いまやっていることは比較的自分のペースでできるので、自分のことを色々と考え直す、いい機会なのだと思う。おれは何がしたいんだ、これでいいのか、そもそもおれに向いている仕事はあるのか、なんてずっと頭の中だけでぐるぐると考えてきた。興味がないことに1日の大半を費やしていて、そこにエネルギーや気持ちが吸い込まれてしまい、色々なことになんとなくやる気が起きない。それもあるが、何か変えようという行動は特にしていない、かなしいね。たまにではあるが、人と会うようにしているくらいか。最近家にいるときは本当にだらだらとインターネットを見て過ごしている。ああ、家を出ることの難しさ!なんとなくSNSやネットの記事を読んだりしているが、特に見たいものがないことも分かっている。

 こうやって流されたまま10数年生きてきて、自分で考えて行動する力は残っているだろうか。それはとても面倒で、こわくて、不安なことだ。自分をジャッジする自分と向き合わなくてはいけない。おおげさな言い方をすれば「自分で自分の人生の責任をとる」ということだと思う。今まで流されてきて、これからの流れもうっすら見えている。そのレールから外れることはできるだろうか。色々やってみて、考えないといけない。

 興味があることと言えば、昔から、ものをつくる、何かを生み出すことになんとなくあこがれがある。音楽、詩、絵画、映像、ソフトウェア、なんでもいいけれど、何かをつくることができるひとを見るとうらやましいと思う。色々とためしたことはあるけれど、じぶんの創作はこわくてしたことがほとんどない。

 おれの好きな友部正人の歌詞で、「今度逢った時にはもっと狂暴でありますように」という歌詞がある。もっと爆発したい。そのためには、くるしんで、(少しはたぬきに化けて、)みじめなでんぐり返しをするしかないのかもしれない。