あの、食卓にかかってるネット。あれなんて言うんだったかな、と検索したら、蠅帳と出てきた。はいちょうとも、はえちょうとも。虫除けネットですね。
子どものころ、休みの日に母が出かけているとき。あるいは学校が休みで母は仕事に行っているとき。まあ要は、母が家におらず、私が家にいるとき。ネットの中には母が作っておいてくれた、これを食べなさい、のご飯が置いてあった。
何があっても大体嬉しかった。私は食べることが好きだし母が作るものは大体好き(当時嫌いだった野菜以外は)。ご飯とはつまり主食。炭水化物。食べられないものは基本入っていない。
母が作るおいなりさんが大好き。今でも。置いてあるとすごくうれしい。いなり寿司のほうが伝わりやすいのかもしれないけど、家ではおいなりさんと呼ばれていたので、ずっとそう呼んでいる。
チャーハンも大好き。永谷園の素で炒めたシンプルなチャーハン。私にとっての一番のチャーハンはあの味で、チャーハンを大好物と認識させたのもあのチャーハン。(大人になってからお店のチャーハンを食べてびっくりしたけど、どっちも好きです)
今は食べる機会のない、子どものときしか食べた記憶のないもの。ロールパン。中央に切り込みを入れて、炒り卵にマヨネーズを和えたものが挟んである。それと、ジャムを挟んだものも。
ずっとご飯派なので、パンが置いてあると、パンだ。と思う。パンも好きだけど、自ら選ぶことはあんまりない。でも置いてあればうれしい。それはパンに限らず、用意されたご飯が置いてあることへの喜びだろうが。
大人になり、自分の食事は自分で用意するので、チャーハンやロールパンはあまり時間をかけずに作れるものということはわかっている。しかし、かけられた時間や手間が愛の深さではない。
蠅帳を持ち上げ、ラップのかけられた皿を取り出し、自分が食べるぶんをいくつか取り、皿を蠅帳に戻す。誰もいない食卓だが、不思議とあたたかさと愛を感じる。蠅帳の中にそれはこもっているのか。体を丸めて自分に蠅帳を被せてみたこともある。母に呆れられた。