衣食住にはバランスがあると思う。私はそのバランスが極端に偏っていて、可処分所得の9割を“衣”に注ぎ込んでいる。
なんとなく、良い服が好きなのだ。
洋服にはいくつか要素がある。
生地は丈夫だったり、肌触りが良いものが嬉しい。
これは日々の快適さにつながる。肌触りが良いものは毎日触れていたい。
シルクやカシミヤなんかはその代表でもあるけれども、リネンやコットンの質感もすごく良い。良質な日々の素材として発展してきただけのことはあるなぁと思う。どちらにも良さがある。
特殊な素材も少し心躍る。
和紙や竹なんかがその代表格で、涼しく速乾性がある。
汗をかいてもサラサラしていると過ごしやすいし、夏の室内で逆に冷えるなんてこともない。
パターンは洋服好きの方以外は気にしないかもしれない。洋服の設計図みたいなものだ。
着心地なんかの快適さを担保し、そのブランドの理念を表す要素でもあると思う。
着心地が良いのは生地の質感だけではない。生地が良いけれども、肩肘張るような服も存在する。
パターンが良いと、動きやすく着心地が良い。それでもだらしなく見えない。こういう洋服は重宝する。
ブランドによっては、“生地はそれだけで美しいから極力切りたくない”という信念のもとパターンを引く。
副次的なものではあるけれども、理念が一貫しているブランドのものは妥協が少ないように思う。
縫製や始末が綺麗だと、見栄えも良いし長持ちする気がする。
ほつれることもなくなるし、端っこギリギリのところに縫い目を持ってくると、生地の美しさが際立つ。
難しいパターンの服は縫製技術が高くないと作れないことが多い。
料理の柚子みたいなものな気がする。添え物として扱われるが、ないと完成しない。そして、結構存在感がある。
デザインは好きなものを着れば良い。
僕は布の落ち方とシルエットが綺麗な洋服が好ましいと思う。
好きな洋服を着ると少しだけ気分が上向く。
なんとなく綺麗に見えるだとか、なんとなく良いと感じる時は、こういう要素が隠れているかもしれない。
素材、設計、技術。それぞれそのままでも完成されたものであるけれども、組み合わさるとさらに良いものができる。
私はそうした、なんとなく、良い服が好きなのだ。