2024/09/11

誕生日おめでとう

 こんにちは、ハザマです。

本日は年間で最高の日とされている(※この人の中でだけです。人それぞれ)私の誕生日なので、誕生日の思い出話でも……と言っても……あんまりないんですよね。
うちはそんなに盛大に何かを祝うみたいなことしない家だったので、誰かの誕生日とかクリスマスとかは同じような感じで、晩ごはんに追加でケーキが現れて、ご飯もいつもどおりだし、プレゼントはあったりなかったりする。なんならその前後で買い物に行くときがあったらちょっと欲しいものを買ってもらってそれを誕生日プレゼントということにする、終わり。みたいな、そんな感じで。

私は人の誕生日を覚えるのが本当に苦手なんですがこういうところもあると思う。日常の中でちょっといいことがあって、あっじゃあこれ買っちゃおっかなーとか、買ってあげるよーとかっていう、誕生日もそのきっかけの1つでしかない。その日自体を大事にしているわけではなくて、それはあくまで機会で、その行為自体が目的というか。めちゃくちゃ抽象的だ。なんとなく感じてください。
まあ普通に勉学として歴史もめちゃくちゃ苦手だったので覚えることが苦手なんだろうな。

それでも嬉しかった記憶は……あっこれクリスマスだ。まあいいや。聞いてくださいよ。
私はぬいぐるみが好きなのでたびたびぬいぐるみをねだり、動物園や水族館に行くと絶対にぬいぐるみを欲しがっていた。買ってもらえるときもダメなときもある。ただとにかくぬいぐるみが好きなことは周知の事実だったため、あるクリスマスの日、ピカチュウのぬいぐるみをもらえた。私はたいへん喜び一緒に眠った。
私の実家は数年前に建て替えたので、そのときにほとんどのものは処分した。こどものころ持っていたぬいぐるみもそうだ。今のアパートにあるぬいぐるみはこちらに来てから買ったもので、実家に置いてあるぬいぐるみはすべてその当時のもので、惜しい気持ちはあったが全部持っていくわけにもいかず、それならばと潔く、今までありがとうとすべてお別れした。
そのときから今でも、せめてあのピカチュウだけでも持ってくればよかったかなとずっと思っている。かなり年季もので薄汚れていたが、だからなんだというのか。大事なものであることはずっと変わっていないのに……。忘れることはないが、実物があるのとないのとでは大きな違いがあるのにな。まあ、失ったものは戻らないし、選択をしたのも自分なので、この記憶をより強固なものにして守っていこうと思う。

ぬいぐるみと言えば、丸太(これもぬいぐるみ)の中が空いていて、穴からモモンガのぬいぐるみを出し入れできるやつもお気に入りだったんですけど、ああいうぬいぐるみって今でもあるんですね。見かけるとちょっと欲しくなる。
誰か私の誕生日プレゼントにくれませんか。一緒に買い物行ったついでとかでいいからさ。