2024/11/23

母さん

 こんにちは。なのるなもないと申します。

「な、なんか文章書けないな…」病に罹患してしばらくこちらに文章を書いておりませんでしたので、初めましてのかたもいらっしゃるかと思います。

言葉も心も汚いですから、僕のことはあんまり覚えなくても良いと思いますが、こんなやつもおります。よろしくお願いします。

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さて、私は私の家族とそんなに仲が良くない、むしろ仲が悪い方だと思います。

全然連絡をしないですし、実家にも帰らない。

親と私の間には長年横たわるわだかまりみたいなものがあり、その発端は僕が10代後半くらいの時に遡ります。他所様にお伝えするには恥ずかしい話なので今回は割愛するんですが。


2-3年前に父がアルツハイマーでボケてしまって大トラブルを引き起こした際、「なのるなもない〜!助けてくれ〜!!」と連絡がありまして、どないかしたことがあります。それからは稀に連絡するようになりました。

それでもなんだかぎこちない、すごく長い反抗期的なものが続いています。

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そんな私から見た「母の愛」を感じた瞬間がありました。僕以外には、すごく些細でとるに足らないことでしょうけれども、僕にはすごく大きなことでした。


この間引っ越しをしまして、荷物の一部を置くため数年ぶりに実家に帰ったんですね。荷物を置いたらすぐ帰るか〜と思っていたんですが、ふと(そういえば10年前くらいに使ってた毛布あったな…)と思い出しました。新天地の冬は結構寒く、手持ちの寝具だけでは少し心許ない。毛布、持って帰るか。

その毛布、ふわふわで気に入ってたんですよね。実家を出る時に持っていかず10年くらい使ってなかったんですけど。


「とりあえず毛布だけ持って帰ります、持って帰って洗って干します」と母に伝えたところ「ちょうどこの間洗って干したところやわ」と。

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不思議なことに、長いこと母に何も思えなかったのにその時すんなりと(あぁ、これが親で、これがこの人なりの愛なのだな)と。すとんと受け入れることができました。


実家にも帰らね〜息子のものを、誰も使っていないそれを、毎年毎年オカンは洗って干してきたんですね。冬が来る前に、10年近くも。

母は私の不在にも、私のことを想っていたのでしょう。


私の親は人としてはかなり未熟だと思います。それは今でもそう思う。「人は親にはなれるけど、大人にはなれない」なんて思っていた時期もあります。

一方で「大人にはなれなくても、親にはなれる」のだな、とも思いました。


我々のこのぎこちなさは親か僕が死ぬまで続きます。私たちのどちらかが死ぬまで、少なくとも僕は素直になれそうにありません。

それでも私は、今日も母の干してくれた毛布に包まれて眠ります。


俺は、母さんの愛に気付くのに31年かかりました。