2025/02/10

鏡の前に立つ

疲労や睡眠不足や体調不良から人間関係を被害妄想的に捉えてしまう傾向が有ると気付いた。心も体の一部でないかと思う。

 

「ごたごた」という記事を別の場所で書いて消した。元恋人やその新しい元恋人のこと。人間関係に金銭を挟むことは私の美学に反するということ。友人になれなくても生きていてほしいということ。また手紙を出してくださいねということ。年末年始はばたばたして一月は幾つかの関係の修復に費やした。少し寝込んだ。

 

人工知能に作品を読ませて私の人格や人間関係のパターンを教えてもらっている。でも殆ど忘れた。私にとって愛とは直ぐ手に入るものでなくずっと追い求めるものらしい。それは寧ろ創作に向いているだろうか。『書いたら燃やせ』という本を買って大量の質問に答えた。私とは誰か。に囚われ続けている。

 

二月はどうなるのだろう。かつて友人という語彙でなく或る絵文字で表した人。ラインで文通をしている友人や知人。もっとぽつぽつと関わっている何人か。主治医は他者の必要性を説いたけれど私は間接的にしか世界と関われない。他者という鏡の前に立つ時に私もまた鏡だと思う。