最近、Hが「あれができなくなった、これができなくなった」と言うことがある。白髪が少ない上に顔も変わらないから実感に乏しいが、Hもなんだかんだで50代である。
Mがそういう発言を聞くたびに「なんなん?」て思う、と言ったので、私が「まあ能力主義だよね」と答えると驚いていた。Hはわりとリベラルなひとなので、意外だったのだろう。男として昭和から生きてきたひとはとくに能力主義に囚われがちな気がする。かく言う私も、鬱と診断される少し前から出来ないことが増えて悩むこともあった。
出来なくなったこと、手元から離れていってしまったものに執着しても、あまり良いことはない。手元に残ったカードでいかに満足するか。
何かができる/できない、というのは、周りと比べて上手い/下手に換言できる。つまり、競争から降りて自己満足を探るべきなのだろう。
また、「できた」のラインが高すぎる、というのもあるのかもしれない。「できた」を細かく刻んで低いとこから設定してやれば、満足できるのではなかろうか。
とはいえ、そう言うのは簡単だが、実際に思えるようになるかどうかはまた別な話だ。
しあわせになりてぇ〜(大の字)